回答「マルいハートやマルいアタマを育てるために大切なコト」
★マルいハートやマルいアタマを育てるために大切なコト。それは知識を教えることをやめることです。たとえば「火事!」という表現で、子どもたちとどんなやりとりをすればよいのでしょう。
★火事とは、建物や森などが焼けることであるという辞書的な意味を教えて終わりではありませんね。もしこれで終わってしまえば、マルいハートもマルいアタマも育たないでしょう。
★「かじ」から思い浮かべることは?学年にもよりますが、舵、鍛冶、火事、家事など音とイメージは必ずしも一致しないことを知る体験がまず必要ですね。そしてその中から選択判断する体験。
★知識を教えることをやめるというのは、初めから選択判断をさせずに、一義的な意味を伝えるということをやめるということです。
★あらゆるモノやコトは、感じ方やイメージの仕方は、異なります。どれが正しいか間違っているかという判断を教える側がしてしまうと、子どもたちはいつまでも自分で判断ができないのです。
★かりに絵を見せましょう。すると「火事」を選択するでしょう。次にはその絵から何を感じるかあるいは想像するか聞いてみます。すると怖いとか、もし本当に目の前で起こっていたら、逃げるとか、消防署に連絡するとか、助けてあげたいと思うとか、なぜ起きたのか原因を考えるとか、様々でしょう。
★これもまた子どもたちは様々な感じ方や想像をします。言葉は、意味を指し示すだけではなく、気持ちを生み出すし、行動をうながすし、科学的なものの見方を刺激したりします。
★ある意味、言葉は多様で多次元の端子を出していて、そこに意味や、感情、行動、思想、論理、音楽的イメージ、絵画的イメージ・・・などが結合しています。その中から選択の自己決定があるわけです。この選択は状況や人間関係、論理的な文脈によって決まってきます。けっして自分勝手な自己決定がおこなわれるわけではないのです。
★多くの選択肢を見つけ、あるときは創ることができる。このチャンスを奪うのが知識を教える行為です。多くの選択肢から選択の自己決定をする体験値をアップしていくことができる。このチャンスを奪うのが知識を教える行為です。
★このチャンスを子どもたちに回復し、増やしていく学びの環境を創ることが、マルいハートやマルいアタマを育てるために大切なコトです。そしてこれは1989年ベルリンの壁が崩れてから、欧米諸国、インドやメキシコで起きている学びのグローバリゼーションの動きです。
★マルいハートやマルいアタマを育つ学びの環境とは世界標準の学び観だったのです。果たして日本の学校や教育関係者は、日本がまだまだそのような学び観に立っていないことに気づいているでしょうか。教育の井戸端会議から抜け出て、そろそろ次のステージで議論することが必要な時がやってきたようですね。
★知識を教えるのではなく、子どもたちが自ら知識を発見し創造していく学びのサイクルを私なりの図にしてみました。いずれ説明をどこかでしたいと思いますが、まずはイメージをお届けします。



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