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2007年7月 3日 (火)

東大の問題で、≪マルいハート≫と≪マルいアタマ≫を考える(了)

東大の問題で、≪マルいハート≫と≪マルいアタマ≫を考える(3)の最終回です。「直観的な理解」を文脈に即して言い換える作業が残っていたのでしたね。もう一度「その秘密の直観的な理解」が指し示している文章を見てみましょう。

詩におけるさりげない1つの言葉、あるいは絵画におけるさりげない1つのタッチ、そうしたものに作者の千万無量の思いが密(ひそ)かにこめられたとしても、そのように埋蔵されたものの重みは、容易なことでは鑑賞者の心に伝わるものではあるまい。作品と鑑賞者がなんらかの偶然によってよほどうまく邂逅(かいこう)しないかぎり、その秘密の直観的な理解はふつうは望めない。

★「その秘密」が指している部分を除いてみましょう。

(C)・・・容易なことでは鑑賞者の心に伝わるものではあるまい。作品と鑑賞者がなんらかの偶然によってよほどうまく邂逅(かいこう)しないかぎり、(その秘密の直観的な理解は)ふつうは望めない。

★となります。「心に伝わるものではあるまい」と「理解は・・・望めない」というフレーズは、≪マルいアタマ≫で考えると、≪同じ内容が並んでいる関係≫であることはすぐにわかりますね。

★「直観的な理解」とは「鑑賞者の直観的理解」だったわけですね。(C)の部分は、「理解」とは≪対照的な関係≫の状況が語られています。ですからそれを逆にすると、<作品と鑑賞者がなんらかの偶然によってうまく邂逅(かいこう)すると、鑑賞者の心に伝わる>となります(このプロセスはすっ飛ばしても構いませんが、肯定的に置き換えた方がわかりやすいので)。

★「邂逅」という言葉は中学受験生にとってはわからないでしょうから、今はピンとこなくてもよいでしょう。大学入試の準備をするときにはわかっていないと困りますが。もっとも「偶然」という言葉がヒントとしてすでにあるので、「偶然のめぐりあい」という意味がわからなくても、「偶然うまくいく」と読み進んでも何ら支障はありません。

★ここからは少し≪マルいハート≫が必要になるかもしれません。作品と鑑賞者の偶然のめぐりあいという比喩は何を意味するのか、そしてそのことを「直観的」とさらに言い換えているわけですから、これは鑑賞者が作品と出会った瞬間にピンとくることを表現しているのではないかとなるわけです。これで、<作品と鑑賞者がなんらかの偶然によってうまく邂逅(かいこう)>の箇所は、<作品と鑑賞者が出会ったときに理屈抜きで見通す>ぐらいに置き換えられるでしょう。

★あとは「理解」です。「了解」「気づき」などに置き換えればよいのではないでしょうか。すると「直観的な理解」は、「作品と鑑賞者が出会ったときに理屈抜きで見通した了解をすること」となるでしょうか。「見通した了解」とはなんか変ですから、縮めてたんに「了解」とすると、「作品と鑑賞者が出会ったときに理屈抜きで了解すること」となりますか。

★「その秘密」は「芸術作品の何気ない表現にある作者の言い表すことのできぬ人生経験から生まれた計り知れない深い思い」でしたから、「その秘密の直観的な理解」とは、

芸術作品の何気ない表現にある作者の言い表すことのできぬ人生経験から生まれた計り知れない深い思いを、作品と鑑賞者が出会ったときに理屈抜きで了解すること

★とでもなるでしょうか。それにしても、このような設問を考えるのにこんなにウダウダと考えるとは、何か無駄ではとお思いでしょうか。いや今回はほとんど自問自答でやってきましたが、本来はこれはコミュニケーションの過程なのです。互いに相手の言葉を開き合うのが対話だったのですね。確認をしているようだけれど、少しずつ気づきが生まれる。そしてどこかでアイディアがパンと生まれる。そういう創造的コミュニケーションが、今望まれていますが、日本の社会では、それは自問自答として内包されていて、相手に伝わらないのです。わかっている人はわかっているけれど、わからない人はわからないまま。雰囲気悪い~ってやつですね。

★これがそのまま入学試験になっている。いや入学試験の設問が、日常のコミュニケーションのスタイルになっているというわけです。コミュニケーションとは相手を試す行為ではありません。互いに互いの言葉を開き合うのがコミュニケーションだったのですね。

★欧米の教師が、日本にやってきて、いきなり何か質問してね?というと、日本の生徒も、実は教師も何を質問していいのかわからなくて、シーンとなるんですね。何か新しいことを質問しなくてはと思うからでしょう。そうではなくて、相手が語った言葉を、本当に自分のイメージと合っているかどうか聞くところから始めればよいだけなのです。

★遠回りをしてきましたが、やっと結論です。

≪マルいハート≫と≪マルいアタマ≫を使えば、≪互いの言葉を開き合う≫創造的なコミュニケーションをつくることができます。人間関係の雰囲気は良くなり、新しいアイディアがどんどん生まれますね。そしてそれがディスカッションの始まりです。ディスカッションは市民社会のベースです。

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