★四角マル男さんが≪都道府県クイズ≫を出しているのを読んで、ちょうどこの間、白梅学園清修の社会科の畔上先生に「県庁所在地」の学びについてお話を聞いたことを思い出しました。
★12月16日の学校説明会では、模擬授業も行ったそうです。入試問題は学校の顔と言われていますから、模擬授業の学びの方針は、そのまま入学試験の傾向に結びつくという流れだったようです。もちろん、本番の入試問題や予想問題を素材に使ったわけではありません。
★さて、模擬授業では、難しい問題を出題するよりも、基礎基本とは何かを生徒と保護者に伝えたかったということでした。たとえば地理分野で、県庁所在地を憶えることは重要なのですが、それはなぜでしょうというわけです。
★単純に記憶すればそれでよいのではと思うのですが、県庁所在地になる条件は、経済や政治、交通、歴史的には軍事機関などの要になるような場所がほとんどです。断崖絶壁のように、交通の便が悪く、農業にも工業にも役立ちにくいところは選ばれないでしょう。
★だから県庁所在地は、名前と場所を暗記すればよいのでなく、様々な条件、つまり地政学的に整理をしていく必要があるわけです。県庁所在地の名称は、その条件データや情報のインデックスの1つです。だからまた記憶していなければというわけですね。
★日本地図で長崎県の形と江戸時代の長崎の出島の絵を見せて、所在地を解答させるような、問題としては易しいのですが、江戸時代の鎖国時代、なぜ長崎だったのかをふだんから考える学びをしていれば、県庁所在地の名称を憶えるまでもないわけですね。問題ができるかどうかよりも、この学びのプロセスを通過しているかどうか、いわば子供たちが自分の力で丁寧な勉強をしていけるようになることが畔上先生のねらいだったのですね。
★受験勉強の際に、この丁寧な学びのプロセスを歩いていると、中学に入ってから、長崎の出島の役割が、キリスト教国でないアジアの東の端の国・日本で近代化に成功した理由を解明してくれることに気づくわけです。そして江戸時代が日本海側の藩が経済的に非常に栄えていた理由も自分の力で調べることができるでしょう。
★今では数えるほどしか大名庭園はありませんが、明治初期に欧米人が江戸を訪れて、大小さまざまな大名庭園を見て感嘆した理由もわかるでしょう。参勤交代で遠く故郷から江戸屋敷にやってきたときに、そこは自分たちの藩の元風景としての理想郷がなければ辛かったでしょう。一瞬の心の安らぎは、理想郷として作庭された大名庭園にあったのではないでしょうか。
★しかし、この参勤交代や江戸屋敷の維持には膨大な費用がかかります。その富を集積できたのは、アジアに近かった九州から日本海側にかけての藩です。しかし、黒船が浦賀に現れてからは、一変します。アジアではなく欧米と交流を持つことが地理的に便利なところが富を集積しやすくなるわけです。
★長崎から今度は太平洋側にかけてのエリアが経済的に豊かになります。今イスラム圏や中国を中心とするアジア圏が、明治時代、欧米とは異なりキリスト教国ではない日本がなぜ近代化できたのか、それを促進したリーダー渋沢栄一翁の経済道徳合一説「論語と算盤」に注目していると言われています。
★しかし、実際にはキリスト教かそうでないかは、もちろん関係はありますが、中心的要素ではないのではないかという考え方があります。最終的には、勤勉という宗教的な原理が必要なのかもしれないですが、江戸時代まで世界の生産文化の中心はアジアだったからだという説があるんですね。
★壮大でしょう。欧米も日本も実は大海原に出て、当時の中国の生産文化を買ってこなければならなかった、つまり輸入して消費しなければならなかったんですね。それには銀と銅が必要だったんですね。
★日本は当時はものすごく銀山・銅山を開発していたから、買うことができたんですよ。スペインやポルトガルは南米諸国から金を収奪してきた。だから買えたんだけれど、いったん銀に換えなければならない。長崎の出島で日本と貿易を独占できたオランダは、有利な立場に立てた。スペイン・ポルトガルは世界制覇の座をオランダに譲らねばならなくなるのですから。
★しかし、自由を初めに獲得したイギリスは創意工夫の国として産業革命という技術のイノベーションを興すことができた。お金を収奪して文化や物産を買うのではなく、新しい文化や物産を生産して売る立場に転換したイギリスは、今度は大英帝国という世界戦略に乗り出します。
★日本も明治維新で、良し悪しは別にして、富国強兵・殖産興業を打ち出します。イギリス産業革命である技術のイノベーションは、奥義ではなく科学の始まりだったために、多くの人たちが学ぶことができた。だから吸収は速かった。日本の江戸の文化を持っているところは、新しい物産や文化を生産する方向に進めなかった。つまり日本海側。太平洋側は、新しい文化を生産することによって、日本を構築しようとした。オランダもイギリスも日本も小国。自然の資源は無限にはない。中国は相対的にある。この格差を逆転するにはイノベーションしかなかったのではないかというような説ですね。
★武蔵や麻布の社会の入試問題は、このような切り口で作成するだろうし、実際そのような問題を出してきました。県庁所在地を地政学上の条件にセットするだけで、こんな壮大な話になるんですね。
★しかし、21世紀はこの産業革命路線は環境破壊の元凶でもあるわけで、再び大きく歴史の流れは変わろうとしているわけです。技術のイノベーションから文化のイノベーションへ。だから再び大名庭園なのですね。川勝平太先生(国際日本文化研究センター教授)の「文明の海洋史観」が今回の話の元ネタです。お正月に読んでみてはどうでしょう。それから京都大学の杉原薫先生の「アジア太平洋経済圏の興隆」も目からウロコです。オイル・トライアングルの秘密をゲットできます。
★四角マル男さんや畔上先生の問いかけは壮大な世界の動きに誘ってくれました。たかが中学入試問題されど中学入試問題ですね。